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人間の寿命が分かったとき

2005年02月22日

以前、お客さんで胃の具合が悪いという方がいたが、それからしばらくしてから、実は癌であり入院されたという知らせを聞いたのだ。


何とか出来ないものかと思い、波動測定でいつまで生きられるのか、調べてみた事があった。

すると・・・測定からそう遠くない日の、それもかなり具体的な日に生命力の反応が消えてしまったのだ。

そこで、色々なサプリメントを組み合わせをしたら、その生命力がどの程度伸びるのか、それも併せてシュミレーションをしてみたのだが、そうすると、大分寿命も延びる可能性があることも分かった。

しかし、入院されている先の病院の方針もある。
そのような事は、当然ながら受け入れられるわけが無い。


今だったら、「気」を送る事も出来たのだろうが、その当時はそんなことまで出来る能力は持ち合わせていなかったし、考えもつかなかった。


(それに興味本位で、人様の寿命など調べたくない。どうしたらもっと生きれるのだろうか、という事で可能性を調べたのだ。)


そして・・・

その測定結果の日(時期)が来た。

その方は、その結果通りお亡くなりになった。

結果と一致した事に、精神的なショックと、知ってはいけない罪悪感のようなものが、心の中で混ぜあってすごく後味の悪い、いやな思いをしたことがある。

こういうときは、測定結果があたっても、全然嬉しくないものだ。

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