日記・コラム・つぶやき

失くし物が見つかった

2005年01月19日

ついこの前の土日は、センター試験だった。

ウチの長男も試験に出かけた。

家を出るときに、腕時計がないと言うので、実家からもらった高い腕時計を貸してあげたのだ。

そして、試験が終わった翌月曜日の朝、「腕時計使うから返してくれ。」と言ったら、早く言えばいいのに、試験の休憩時間中、大学の敷地を散歩していて紛失してしまったと言う。

さすがに、これには大分叱ったが、すでに時遅し。

失くす事は、誰でもあるから仕方ないといえば仕方ないが、それを気がついていて、言われるまで黙っている事は良くない。

しかも、高い時計を貸したほうがいけないなど、物事を分かっていない事を言う事に対して叱ったのだ。

近くに派出所があったことも思い出して、警察に電話してみたが、勿論あるわけが無い。

子供にも、こちらの目の前で大学へも電話させた。
予想通り、先方もないと言われるが、一応特徴と家の電話番号を伝えておいた。

(まず無理だろう、気持ち的には諦めかけたのだが・・・)

子供はふて腐れ、こちらはその態度にますます気分を悪くした。

でも駄目もとで、見つかるようにと、例により「気」を入れてみたのだ。

すると、それから数分後の事だ。

その大学から電話があり、それらしい時計が見つかったという。
詳しく聞くと、どうやら間違いない。

良かったと、ホッとする。

そして、また数分が経ち電話が鳴った。

(実は2~3日前から長男が家の中で財布を無くしたと言って、ブチブチいいながら、どこにも見当たらないと言って、その前からも、ふて腐れていたのだが・・・)

○○整形外科から電話が入ったのだ。

最初、ヨメサンの母が通いだしたのかな?と思って電話に出たのだが、そこに誰かが財布を届けてくれたらしい。
その電話だったのだ。

そして、今警察署に届いていると言うのだ。
(ウソだろ~、という思いだった。)
とにかく間髪いれずに続けて起こったことなので、びっくりしたのだ。

ヨメサンは奇跡だ奇跡だと言い、大騒ぎだ。

長男が、警察署に行くと、一万以上入っていたのが全額無事。

しかも、落とした場所は、近所のジャスコだったという。
それが何故、○○整形外科経由で警察署に届いたのかは謎だが、有難い事だった。

偶然かもしれないが、それにしては出来すぎた出来事だった。

ここは、都会と違って田舎だから、ともいえるかも知れないが、そしてたまたま偶然だったのかもしれないが、こちらとしては、まさしく奇跡が起こったとしか言いようの無い出来事であった。

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念ずる事は現実化する?

2005年01月27日

「思うことというよりも、念ずる事が現実化する」

というと、大げさだが、ちょっとしたことがあったので、書き留めておきたい。


自分にとってはちょっと気が引ける、あまり良い話ではないが・・・

ウチの嫁さんは、夜、一人暮らしのご老人の相手をするアルバイトをしている。
ずいぶん前に、この方から上等なウイスキーをもらった事があったのだが・・・・


もともと、僕も嫁さんも夜、晩酌をする事は嫌いなほうではない。

しかし正月明けから、景気が悪いからと、嫁さんから禁酒命令が下ってしまっていた。

でも、夜お茶ばかり沢山飲んでいたら、いつの間にかアルコールが無くても苦にならなくなっていた。
その代わり、お茶とかコーヒーとかは、すごく飲むほうだと思う。

もともと、水分を沢山取らないと満足しないほうかもしれない。


さて本題に入ろうと思う。

昨日昼間だったか、ふと今日は、嫁さんはアルバイトだな、お酒もらってこないかな~と、ついつい虫のいいことを思ってしまった。
というよりも、その事を無意識のうちに念じ、心の中で思い描いてしまったのだ。

もちろん、心の中ではそんな事、別にどうでもいいや~とも思っていた。←本当ですよ。

(だから思っただけで、波動の技術なども一切使っていなかったのだが)


ところが・・・

数ヶ月ぶりだが、その日に限ってなぜか突然、そのご老人はそのお宅の廊下においてあった日本酒を出して、「ウチに持って帰ってください。」と言ったそうなのだ。

その日は、僕は早く寝てしまったので、翌朝その話を聞きビックリした。
それと同時に、思ってはいけないことを心に描いてしまったと、深く反省。

その話を聞き、実は~と、心の中でちょっと念じてしまったんだ、と話したら、嫁さん曰く、
そんな事をする余力があるのなら、子供が受験に受かるように念じてくれ、商売がもっと上手くいくように念じてくれと、きつく言われてしまった。

そうだな~と、その時は妙に素直に聞いてしまった。


それにしても、最近ちょっと思うというよりも、こうして欲しいな~と、相手の潜在意識に向かって、思いを送ると、そのように反応してくれる事が度々ある様になってきたみたいだ。
(テレパシーといわれる作用だろう)

全てが、というわけでもないが、そうなってくると面白いものだ。
しかし、やはり思いはもっと良い事に向けないと、いけないなと思う。

今回は、ちょっと自分の心に卑しさがあってまずかったと思い、自己嫌悪に陥ってしまった。

これからはもっと気をつけて、良い思いを人様に送るようにしようと思う。

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気を入れる効用

2005年02月18日



ウチの嫁さんは、中々気性の激しいひとである。
その激しさ、ちょっと他とレベルが違う。

ところでウチの嫁さんは、しばらく前から、家で○研の学習塾を開いている。

子供に教える科目は、○研の学科試験に合格したら、合格した科目が教えられる科目としての権利をもらえる仕組みらしい。
つまり同じ生徒数でも、教える科目が増えれば増えるほど収入が上がる仕組なのだ。

それと、もうじき春。
春といえば、入学式と新学期である。
この時期の勧誘をしないと生徒は増えにくい。


そこで、嫁さん曰く・・・

1  まず、○研の英語の試験を受けるから、「気」を送りなさい。

2  次、春までに、○研の生徒が○人以上増えるように「気」を送りなさい。・・・と。


僕も、色々な相談を受けるが、身内になると、それが相談ではなく命令となる。

普通は、深刻な事を抱えてくるケースもあり、心から何とかして欲しいという切実な思いで来られる人もいる。

それに対して、ウチの嫁さんの場合は、立場が完全に逆転している。
まるで、僕の事を奴隷扱いの如く言ってくる。

ウチの嫁さんは、頭の良い人が好きなようだ。
僕は、頭の良さそうな顔をしている。
だから、よく「結婚詐欺」と言われてしまう。
まあ毎度の事だから、べつにどうでもいい事だがね。
気にしない、気にしない。

でも、この不思議な技術だけは、最近やっと認め始めた。

(もっとも、実際に起こることを目の当たりにすれば、否定できるものはなくなってしまう。)


10日くらい前から、朝時間があるときに、「気」を送る事にした。
あわせて内緒で、本人の性格も改善できるようにやっているのだが。
(本人の性格を直すのには、あまり目の前にいすぎると、こちらの心がかき回されてしまい、一時良くなっても、結局は根負けしてしまう。)

しかし今回は、ちょっとやり方を変えてやってみているのだ。

すると、ここ数日間だが、切り裂くような言葉、すぐに頭から押し付けて罵倒する言葉が消えてきたのだ。
それと、会話中に、僕に対しての非難中傷する、攻撃的な言葉が消えて、会話が成立するようになってきた。

しかも、最近はやたらめったら、僕に色々な事を話しかけてくる。

今日なんか、久しぶりにお酒を買ってきて、「飲む?」と言ってきた。
ずいぶん変わってきたものだ。

これが持続していければ、まだまだ一緒に暮らせるのだが、どうだろう?


ところで、


1 まず英語の試験だが、本人は最後の問題を失敗したといっていたが、波動測定で見ると、良い反応だ。
大丈夫そうだ。

実は合格出来たら、報酬として嫁さんから5,000円貰うことになっているのだ。
だから、合格する事は、僕の喜びにもなるのだ。
(ちょっとレベルが低い内容ですみません。)


2 春に向けて、生徒が入るようにチラシも配って本人も努力しているようだが、ふと本人が、こんな事を言った。

「(気を送ったから?)行動がすごく積極的になってきたの。色々なアイデアが出てくるの。ちょっと前までするのが億劫だったのに、すごく今やる気があるの。」

ああ、これが気を送った時の効用なのか、と思わず納得した。

この技術は、やる気の無い人に、棚ボタで良い現象を起こすのではないと。

ただ、気を送る事で、ある事に対して実現、あるいは改善されやすいように、知らず知らずのうちにその人はコントロールされて?心の状態がそれに叶ったものになるように、改善されていくのだと僕は理解した。

結果、本人の気根が整ってくる事で、結果的に物事が良い形で実現しやすくなるのだろう。

そして、その時には本人の心も変わってきている可能性があるから、その心を持続している以上は、またまた良い事が起こりやすくなるということなのだろう。

そうだとしたらオモシロい。

僕は、その様に解釈した。


他の人の場合はどうなのだろうか。
多分同じではないか?

これからちょっと注意して、見ていきたいと思う。

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人間の寿命が分かったとき

2005年02月22日

以前、お客さんで胃の具合が悪いという方がいたが、それからしばらくしてから、実は癌であり入院されたという知らせを聞いたのだ。


何とか出来ないものかと思い、波動測定でいつまで生きられるのか、調べてみた事があった。

すると・・・測定からそう遠くない日の、それもかなり具体的な日に生命力の反応が消えてしまったのだ。

そこで、色々なサプリメントを組み合わせをしたら、その生命力がどの程度伸びるのか、それも併せてシュミレーションをしてみたのだが、そうすると、大分寿命も延びる可能性があることも分かった。

しかし、入院されている先の病院の方針もある。
そのような事は、当然ながら受け入れられるわけが無い。


今だったら、「気」を送る事も出来たのだろうが、その当時はそんなことまで出来る能力は持ち合わせていなかったし、考えもつかなかった。


(それに興味本位で、人様の寿命など調べたくない。どうしたらもっと生きれるのだろうか、という事で可能性を調べたのだ。)


そして・・・

その測定結果の日(時期)が来た。

その方は、その結果通りお亡くなりになった。

結果と一致した事に、精神的なショックと、知ってはいけない罪悪感のようなものが、心の中で混ぜあってすごく後味の悪い、いやな思いをしたことがある。

こういうときは、測定結果があたっても、全然嬉しくないものだ。

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お守りの効力は?

2005年02月27日

受験生にとっての必需品ってものは色々あるが、
意外と「お守り」って意外と重要な位置を占めている。

受験生にとって、
というよりも、親の立場で見た場合は、どうしても買い求めたくなるようだ。

言い換えれば、隠れた大ベストセラー商品というわけだ。

しかし、その効力を信じている人は、どのくらいいるのだろうか?
(僕自身は、どちらかというと、全く信じないほうの部類だ。)

ところで、
そのたぐいのお守りを波動測定してみたら、
地元の某有名なお寺のお守りは、エネルギーがゼロだった。

これでは、セミの抜けがらと同じなので、こちらでエネルギーを注入するのだ。

しかし、よくも平気でエネルギーゼロのものをお守りと称して売るものだ。
僕の感覚からすると、恥ずかしいかぎりだ。

(人畜無害だから、良しとするか)

もちろん、全てのお守りがそうなわけではない。

多少たりともエネルギーが入っているお守りもある。

関西の某有名な、受験生がお参りに行く神社の発行しているお守りは、エネルギー的に良かった。
我が家も、嫁さんの実家が大阪なので、そこのお守りを送ってもらった。

(エネルギー的に良いから送ってもらったのではなく、調べたら良かったのだ。結果論だ。)

ところで先日個人相談で見た、某新興宗教のお守りは、悪い波動を出している。

そこは、奇跡を売り物にしているところだ。
随分高いお金を払ったという。

そのくせ、効果はゼロである。

説明はもっともらしくするらしいのだが、
説明する当人に本当の事が分かっていたら、こんなものは売り付けないだろう。

この場合、4次元エネルギー(あるいは霊界)危険物取扱商品として、慎重に扱わないと、
思わぬ災いがくる危険性があるのだ。

こういう物は、悪い気を抜いて、あとは使わないようにアドバイスをする。

こういうものは論外だが。

波動グッズだって、全く同じ事が言えるのだ。

みんな肉体の目は開いていても、心の目が閉じているから分からないのだ。

結構目に見えないものは、騙されやすく、また言われるままに信じてしまう事が多い。

しかも、その類に限って、他と比較をあまりしないのだ。

それ、といわれると鵜呑みにしてしまいがちだ。

しかし、
本当に自分を守ってくれるのは、自分自身の心の奥底から繋がっている、
大いなる宇宙のエネルギーとしての存在なのだ。

その事を認識できれば、
こんなちっちゃなお守りを買い求める、
ご利益を求めようとする風習は消えてなくなるだろう。

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気と木

2005年04月04日

高校に合格したご両親が、留守のとき、わざわざ合格の内祝いを持ってきていただいた。

かえって恐縮してしまう。

夜、それを見て一番下の子が、

「何でもらっての?」

というから、

「気を送ってんだよ。」

と答えた。

それを聞いたその子は、「材木を送ったの?」という。

僕の仕事のメインは、木を使う事だ。

てっきり勘違いしたらしい。


嫁さんは、珍しく上機嫌で、ウルトラマンのスペシューム光線を出す格好をして、

「違うの、気を送ったのよ。」

と言っていた。

久しぶりに可笑しかった。

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500人

2005年07月17日

先日ふと、後何人の人を個人相談として診れるかな~と思い、フーチ測定してみた。

よくその手の人とかが、何万人の相談にのったとか、という話を本で読んだりしたので、実際自分自身の場合はどうなのだろうと、思ったのだ。


そしたら、500人での反応だった。

ずいぶん地味な数字だな~と思ったのと、ちょっと拍子抜けだった。


しかし・・・


冷静に考えてみたら、自分にとっては大変な数字である事に気がついた。

本業が別にある。
その合間を縫っての事だ。

それに、個人相談に掛ける時間は、大体2~3時間である。
普通からみたら、ずいぶん長いかも知れない。

しかしその間に問題点の原因を探り、一番の急所とも言える部分にエネルギーを送るのだ。

とてもとても、短時間では出来ない。

その代わり、結果ははっきり出やすいし、持続力もあるようだ。

もちろん、セミナーの後などにも相談事もあるから、その時は時間の制約もあり、ただ単にエネルギーの出し入れをするだけのこともある。

それでも、もちろん不思議な効果はあるようだ。

しかし、根本原因を掴んでいないので、効果が持続できるかは疑問だ。

それに、心の内面や生き方にも、同時に気づいてもらわなければ、一時良くなっても、またまた同様のことを繰り返してしまう可能性だってあるわけだ。

だから、おのずから出来る数の制約も出てしまうのだ。

でも今のやり方で、これからもやり続けていきたいと思う。

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偶然にしては???

2005年10月21日

気がついたら、2ヶ月も書き込みをしていなかった。

体験談は、相変わらず沢山あるのに、ついつい不精をしてしまった。

また、がんばって書こうと思う。

ところで、最近の出来事だが、日常の仕事の中で、ちょっと出来すぎているかな?という事が続けて起きたのだ。

(このブログは「驚異の気の世界」というタイトルだが、僕の本業は気功師さんでも整体師さんでも何でもない。ごくごく平凡な仕事を生業といているのだ。)

つい2ヶ月位前か見積を出していたが、保留で返事が来ない元請業者さんがいた。

つい先日、その工事を頼もうと思っている職人さんから、
「あの物件どうなったかな。早くしないと、11月他の仕事が入っちゃうよ。」
という電話があった。

「そうだね。しばらく前に予定より遅れるといっていたけど、また電話で聞いてみるね。」
と返事をする。

翌日電話をすればよかったのだが、その日はバタバタしていて電話できなかった。

明日聞いてみるか・・・

と心に思っていて、翌朝になった。

そしたら久しぶりに、先方さんから先に電話があったのだ。

その内容は、別物件で至急工事の段取りが出来ないか、というものだった。

それから、また3,4日くらい経ってからだったか、別の職人さんと、現場で一緒に作業をしている時、

「そういえば、あの元請さん、最近仕事来ないね。どうなっているかな。」

と、噂話をしていた。
まあ、軽い会話だったが・・・・

そしたら、その翌日久しぶりに、やはりその元請さんから電話が入ったのだ。
聞いてみると、来週、工事の段取り出来る?というものだった。

どちらも、噂話をした翌日か翌々日に、相手から電話がかかってきたのだ。

ちょっとタイミングが出来すぎているから、単なる偶然ではないだろうと思う。

僕は仕事が少ないときは、いつも手帳に

「仕事が沢山来まして、ありがとうございます」

と書く様に習慣づけている。

(手帳の活用法は、セミナーで独自のノウハウを公開している。)

実際に日常、訪問営業をすることは、日常現場で仕事をしているものにとっては、時間のやりくりも難しく、またちっとばかりめんどくさい。だからといって、何もしなかったら、生活が干上がってしまうのだが。

その代わりといっては何だが、その営業活動の変わりに、手帳に書いて、手帳を通じて、ある種の波動を入れるのだ。

そうすると、不思議と物件が増えていくのがはっきり分かる。

僕にとっては、手帳の書くことが唯一の営業活動だ、といってもいいのかも知れない。

しかし今回は、単なる会話の中でちょっと話題にしただけだったのに、ほぼ翌日に相手から仕事の連絡が入ったのだ。

上手く「気」のエネルギーを使いこなせるようになると、会話一つでも、物事を引き寄せる力が働くのだろうか。

それとも、逆に相手が連絡しようと思っているのを無意識がキャッチして、それが会話の中に出てきているのだろうか。

そういえば、最近ラジオでニュースを聞いているときに、事故や事件などで被害者や加害者の名前が出てくるとき、頭の中に相手の年齢が正確に浮かんでくる事がある。

これは、その情報をこちらからキャッチしているということなのだろう。

今回の場合、こちらからの念に相手が作用しているのか、あるいは相手の思いを事前にこちらがキャッチしている事でのことなのだろうか。

今度はちょっと、意識して日常生活を送ってみようと思っている。

また、何か新しい自分なりの発見があるかも知れない。

しかし、そのようなことを通じて、目に見えない世界の働きを探り、自分なりの仮説をつくり、実証していくことはとても面白いことだ。

毎日同じ様な事が繰り返されていても、観察する事が沢山あるのだと思う。

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叶う事、叶わない事

2006年04月09日

ウチの家内は、学習塾をやっている。

過日(3月も半ば頃だったか)、こんな事を言った。

この時期は、ちょうど新学期を目前にして、生徒の入れ替えの時期だ。

小学生の生徒をもっと増やしたいと言う。

その時は丁度春休み前であったので、近くの幼稚園に、学習塾のチラシを置いてもらって、PRしたと言う。

もちろん、そういうことに対しては寛容な幼稚園も多い。

しかし、中にはその園の方針として、受け付けない所があるのも事実だ。

その中で、前々から気になっている幼稚園があるという。

そこで、こららに、ぜひチラシを置いてもらうように、パワーを送って欲しいと言う。

ちょっと気が進まなかったが、何とかなればと言うつもりでやってみた。

一応、エネルギーは入ったようだ。

結果はどうか?

その幼稚園、すぐ返事をくれるところみたいで、チラシの話をしたその翌日には返事が来た。

結果はノーだった。

やっばりだめだったか。

しかし冷静に考えてみれば、もっともな事だと思う。

この技術で、何でも叶うと思ったら大間違いだ。

その園には、その園としての経営方針がある。

もしも、それが天の意思に反していたら、何らかの変化があるかもしれない。

しかし、今回の場合は、全くそれとは関係ない。

またそんな事で、その度毎影響されていったら、社会が混乱してしまうだろう。

どんな形にせよ、その人の、あるいはその組織の自主性を拒む要素があったら、それはエゴというものである。

あくまでも、この技術、天の意思に叶うように悪い波動を取り、正常にするだけの技術なのだ。

改めて、その事に気づかされた。

この些細な事ではあるが、ちょっとした気づきが得られれたという事は、自分にとっても良い事だった。

この技術で、願い事が何でも叶うと言う事になると、あるいは、その事のみが先行してしまうと、逆に多くの人の心を惑わしてしまう事になる。

危うく、ご利益信仰みたいなものになるところだった。

あくまでもこれは、悪い波動を抜き正常化するための技術。
そこの事の結果が、その人にとってもっとも良い形で出てくるだけであると思う。

それが、時として奇跡として見えたりする。

しかし、不思議な事が起こると、周囲からは何でも出来てしまうのではないかと期待されたり、錯覚してしまったりするが、そこに、過剰な期待や願望をのせるのは、良くないことだと思う。

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帰省中の災難

2006年05月07日

ゴールデン・ウィークは、久しぶりに家中で、家内の県外の実家に、お墓参りに行ったのだが・・・。

何時もの事ながら、家内とは、もともと仲が良くないので、些細なことでも運転中から口げんかになる。

「夫婦喧嘩は犬も食わない」

とは良く言ったものだ。

仕事をやり残していたので、パソコンとプリンターも載せて行った。

実家に、着いて後ろのハッチを開けると、何とプリンターのカバーが、割れてバラバラになっているいはないか。

家内に聞くと、途中のサービスエリアで、ハッチを開けたら、プリンターが転がり落ちて、アスファルトに激突したという。

このプリンターは複合機だから、コピーとスキャナの機能が破壊されてしまったのだ。

それをずっと黙っていたのだ。
さすがに、機嫌の悪いのに加えて、ムッとしてしまった。

滞在中、ずっとムッとする事が多かったのだが、とどめは、
帰る前日の夜、実は、長男が、そこから30分ほど離れた所で、大学生活の為、アパート暮らしを始めたので、荷物の片付けに行ったのだ。

そこはとても狭い道である。

何を思ってか、隣の敷地と道路境界とぎりぎりの所に、とても大きな石が置いてある。

多分、あまりにも狭いから、ウチの敷地に入るな!という、無言のメッセージなのだろう。

しかも、丁度そこから先は、さらに道が狭くて、車は入れない。

夜の暗がりで、十分気をつけたはずが、ガガガ・・・・と、怪しい音。

すってしまった。

以前、ひどい夫婦喧嘩をした日、信号待ちをしている時、トラックに追突された事があった。

夫婦間のイライラは、特に災いをもたらすようだ。

気をつけようとは思う。
心の法則のまま、働いているのも、悪い事を通じて出ても、良く分かる。

しかし、分かっていても、一番難しいのが、夫婦調和だ。

この問題が解消したら、世の中の問題の50%は解決するのかもしれない。

そんな事を思った出来事だった。

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